『剣客商売』に続いて,池波正太郎先生の人気連作をレビューしてみるシリーズ.本日は『鬼平犯科帳』.
江戸の町を取り締まる火付盗賊改方・長谷川平蔵(実在の人物)とその配下たちと盗賊たちとの闘いを描く著者きっての人気作.
秋山小兵衛と長谷川平蔵,その魅力と人物像
『剣客商売』の秋山小兵衛と,『鬼平犯科帳』の長谷川平蔵.どちらも剣の達人で頭も切れる作中ではスーパーマンだが,その位置づけはだいぶ異なる.
大先生こと秋山小兵衛は,連載開始時に59歳と老境で,にもかかわらず孫娘のような20歳のおはるを嫁にしてしまうという気ままな楽隠居.武家に仕えることはなく,御用聞きや町医者と交流を持つも部下がいるではなく,基本は自由人.
一方の鬼平こと長谷川平蔵は40代の働き盛り.火付盗賊改方長官にして400石の旗本.彼に仕える御家人として与力・同心はいるし,江戸の町に飼う密偵はいるし,何より上司たる若年寄や口うるさい大身の旗本がいる.そう,泣く子も黙る鬼平は中間管理職なのである.
両者のどちらが魅力的かという議論に意味がない.一人で剣を鍛えた隠居,組織を率いる働き盛りの男…それぞれの魅力があり,また理想の男の生き方を著者なりに描き分けたのだろう.池波先生の著書は年配の男性(いわゆる団塊)に人気があると聞くが,なるほど確かに理想の隠居生活と,今を生きる熱烈サラリーマン的な主人公たちが当時の男性たちの心をノックしたのかもしれない.
そういえば,小兵衛大先生の息子・大治郎ができた息子なのに対し,平蔵の息子・辰蔵が絵に描いたようなどら息子なのも対照的.もっとも辰蔵が変わっていくのも面白いし驚愕するけどね.
組織対組織の闘い
一方,主人公と敵との闘いで言えば,『剣客商売』では主に一対一の斬り合いであるのに対し,『鬼平犯科帳』は火付盗賊改方と盗賊団との組織戦.そこには単なる捕物だけでなく,焦り焦りと身を焼くような化かし合いと忍耐の日々が伴う.
地道な聞き込み,変装,追跡…こう書くと地味な印象があるけれど,同心や密偵が集めた細い糸を平蔵が縒り合わせて盗賊の手口を暴くさまは,良質のミステリーを読んでいるようで爽快(主に長編).
登場する盗賊も悪辣な輩ばかりでなく,「盗まれて難儀する者へは手を出さぬこと、人を殺めぬこと、女を手込めにせぬこと」の三ヶ条を守る真の盗賊も登場する.こんな好漢たちは読んでいるこちらも応援したくなるという,盗賊にも物語がある作品.
平蔵の部下たち
火付盗賊改方には長官である平蔵を筆頭に,与力,同心そして町に飼う密偵がいる.彼らの生活を描き,彼らの視点から心服する平蔵の姿を描くのが,また魅力的.
若干堅物な感じもしながら平蔵の右腕である筆頭与力・佐嶋忠介,平蔵に「勝てぬ」と言わしめる剣の達人である同心・沢田小平次,三ヶ条を守り抜いた真の盗賊であった五郎蔵,幼少より平蔵を慕う元女賊・おまさ…魅力的でない部下はいない.
中でも一番魅力的なのは,同心・木村忠吾(うさぎ)と密偵・伊佐次であろうか.この二人の結びつきの強さはね…ネタバレになるから言わない.この二人でBL同人誌書こうと思った人もいるらしい.なに腐女子すげぇ.
次巻が読みたい楽しさ,そして最終巻まで読んだときの寂しさ
基本は短篇集なので,さらさらと読める.面白くて面白くて,次の短篇,次の巻とどんどん読んでしまう.『剣客商売』同様止まらない!
ただ,全24巻の終盤になると読者は知ってしまう…このシリーズが完結しないことを.作者急逝により絶筆となることを.『剣客商売』も完結を見ぬまま終わった作品だが,長編「不沈」で秋山小兵衛の将来の姿を描きながら上手く終わった感がある.一方,『鬼平犯科帳』は長編「誘拐」の途中で絶筆…ただただ寂しい.
夢中になって読める娯楽小説だけど,終盤には未完であることを意識せざるを得ない.楽しいけれど,少し寂しい小説です.
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