書評:西加奈子『さくら』

読書やチェスを好む物静かな父に、明るく元気な母、ハンサムで人気者の兄に、美人で乱暴者の妹、さくらと名づけられたブチのあるメスのわんこ。そんな家族に囲まれて暮らす次男が主人公。妹の誕生を喜んで兄と二人で花を摘みに行って迷子になったり、兄弟そろって公園で変な遊びをしたり…。

ほわっとした雰囲気で、理想的とも言えるぐらい幸せな家族が描かれていくのだけど、兄が事故で怪我をするのをきっかけにその雰囲気がガラっと変わってしまう。一度バラバラになった家族がまた一つになる時、その中心には愛犬のさくらがいた。そういえば家族の一人一人が悩みを抱えていたり落ち込んでいる時も、さくらはいつも変わらず尻尾を振ってみんなに愛嬌を振りまいていたなぁと思い出す。みんなさくらを撫でるのが好きだし、特に兄は何か辛いことがある度にさくらを連れて長い散歩に出た。何もかも投げ出したくなるようなひどいことが起こっても、日常は続いていく。

「次々に放たれる悪送球を一人で打ち返し続けなければならない」と言った兄。そう考えると日常は残酷だ。それでも人が日常を生き抜いていけるのは、ボールを投げているのが自分だということに気付くからなのかもしれない。「ギリギリの状況で自分が投げ続ける悪送球をいつでも誰かが受け止めてくれている」主人公がそれに気付くシーンとカーペンターズの「トップ・オブ・ザ・ワールド」にまつわる話が印象的。どうしようもないところから自分を高みに引き上げてくれる力は、誰かとの関係の中でしか生まれないものなのかもしれない。