書評:ドナルド・キーン『私と20世紀のクロニクル』

ドナルド・キーンが自分の9歳から84歳までを記す。ニューヨークで育った彼は9歳で父親のヨーロッパ旅行について行く。アメリカで育った彼が自国と外国との文化の違いに初めて気付いたのはアイルランドの新聞広告を見たとき。その広告には「わが社のコーヒーを飲んでみてください。紅茶もおいしいですよ」と書かれていた。「思わず笑ってしまった」というドナルド・キーンに対して私は「何が面白いんだ?」と思ったのだが、アメリカの広告ではこういう時「わが社の紅茶は世界一だ」といった調子で自慢するものらしく「~もおいしいですよ」なんて言い方はしないらしい。そのため、妙に低姿勢なのがおかしく感じられたそうだ。
 
ドナルド・キーンが初めて外国語を学ぶ必要性を感じたのもこのヨーロッパ旅行中だった。フランスで知り合った女の子に英語が通じず、苦し紛れに唯一知っていたフランス語の歌を歌ってみせた。この時以来外国語に強く惹きつけられることになったらしいのだが、彼が外国語や外国の文化を勉強することによって彼自身の世界をどんどん広げていくのがこの本を読んでいるとよくわかる。出会う人びとや仕事の幅も広がり、彼の手に入れた交友関係や残した研究の成果は彼自身の財産になっていく。日本文学の研究に携わるまでの彼の研究に対する貪欲さや柔軟さには感心した。曲げるところと曲げないところがハッキリしていて、上手く自分をアピールしながら貪欲に柔軟に学ぶ機会を捕らえていく。そして何よりも学問に対する情熱がすごい。コロンビア大学で彼が日本文学を教え始めた頃、彼は教師として自分にできる最も大切なことを「自分の日本文学に対する愛情そのものを学生に伝えること」だと考えていた。彼の〈知識を伝えることにとどまらない姿勢〉からは学生も学ぶところが多かっただろうと思う。
 
戦中・戦後のことも記されているため、彼の捕虜に対する態度などから彼が優しく思いやりのある温かい人間だということが読み取れる。そんな彼が苛立つ程だから、外国人にとって〈よそもの〉扱いされることは相当不愉快なことなんだろう。何十年も日本にいて日本人より日本のことをよく知っていたりする人に〈外国人代表〉というレッテルを勝手に貼って「こういう日本的なもののよさは外国の方にはわからないでしょう」というような物言いをするのは失礼なことだ。例えば私が初めてスペイン人と会話をする機会を得ることがあったとしても、その彼(彼女)の意見をスペイン人代表の意見として聞くのではなく、彼(彼女)自身がどういう人間であるのかを知る材料として聞くことを心がけたい。これを機にドナルド・キーンの本をもっと読んでみたいと思った。