書評:花村萬月『惜春』

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新宿のキャッチバーで働く青年がだまされて雄琴に連れてこられた。青年に与えられた仕事はトルコ風呂のボーイ。彼が初めて目にする街の光景は異様なものだった。田圃や畑しかない所に密集した派手で巨大な建物。寮だと言って与えられた部屋は物置としか思えないプレハブ小屋。レストランのメニューは豚カツ1850円など5割増しの雄琴値段。大型バスで乗り付ける雄琴バスツアーの男性集団。こんな特殊な場所が本当にあるのだろうか。

この作品を読む前に私も雄琴には行った事がある。サークルの旅行で温泉に行って帰りは京都で遊んだ。日本の民話をテーマにした上品な雰囲気の旅館に泊まり、そこまでの道中もソープランド街の雰囲気は全く感じられなかった。私の世代では雄琴=ソープランドという認識が全くない。だから三十歳以上年上の人に「友達と旅行で雄琴に行った」と言って「何でそんなところに?」と言われてきょとんとしてしまった。「そんなところって?」と聞き返して雄琴がソープランド街として有名だったことを知った。その旅行から数年後、雄琴駅はおごと温泉駅への名称変更を決定した。「温泉であることが一目でわかるように」ということだそうで、温泉街としての発展を目指す街にとって、ソープランド街のイメージが邪魔になったためかもしれない。

流されるままにトルコ風呂で働くことになった主人公の青年だが、気が弱いように見えて自分をしっかり持った魅力的な青年だった。他人の事情を察知する能力にすぐれ、固定観念でものを見ることができない。その青年が一度だけトルコ嬢と京都でデートをするシーンが印象深い。トルコ嬢が雄琴に就職する時、夜行列車で京都に着いた朝食べたラーメンの話をする。その話が何とも切なくて悲しい。そういう話をする相手としてこの青年を選んだのも頷ける。この作品で描かれる街は私にとって足を踏み入れることもない場所だけど、いたたまれなさや空しさをぎゅっと詰め込んだその街の雰囲気を味わうと、それが自分とは無縁の場所とは思えなくなるから不思議。