書評:森見登美彦『太陽の塔』

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平積みされているのを本屋で見かけタイトルが気になって手に取った。裏表紙には「失恋をしたすべての男たちとこれから失恋する予定の人に捧ぐ」と書いてある。余計なお世話だ。それに私は男でもないし失恋する予定もない。そう思いながらも何だか気になって買ってしまった。

主人公は女性とは縁のない生活を送っていた京大生。登場人物が京大生ということで京都の地名が出てくるのが私にとっては面白い。馴染みのある地名が出てくるとワクワクしてしまう。スピード感があってユーモラスな文体も読みやすくて好きだし、「確かにこういう人いるよなぁ」と架空の人物に親しみを感じてしまう。

三回生のとき、主人公に水尾さんという恋人ができる。後に振られることになるのだが、彼は別れ話を紳士的に済ませる。そのくせ、どうしても振られたという事実を受け入れられない主人公は「彼女はなぜ私のような人間を拒否したのか」という疑問を解明するため『水尾さん研究』と名づけるストーキング行為を開始する。痛い、痛すぎる。このヘタレっぷりがたまらない。

主人公は水尾さんに「私のどこが好きなんですか」と言われたことがある。おそらく「女性とはこういうものだ」「彼女とはこういうことをしてくれるものだ」という考えが先行してしまい目の前の相手がちゃんと見えていない主人公に、彼女が疑問を持ったのだと思われる。「彼女」がほしいのか?私と一緒にいたいのか?いったいどっちなんだ?という彼女の疑問が、恋に恋して大暴走中の主人公に理解できるはずもなく「自分の愛が疑われた」とでも思ったのだろう。あろうことか主人公は彼女に対して怒ってしまう。女性と付き合っているという事実に浮き足立ってしまう男をかわいいと思えるほど20代前半の女性は大人ではないし、他人と一対一で向き合えるだけの力量がない人間を物足りなく思うのも仕方ない。私だってあんまり付き合いたい相手ではないなぁと思うのが正直なところだ。だから彼女の気持ちはよくわかるのだけど、どうしても不器用でちょっとズレてる主人公を憎めない。主人公が失恋から何も学ばずこのまま突っ走ってくれれば嬉しいんだけどなぁ。