書評:上野千鶴子『スカートの下の劇場―ひとはどうしてパンティにこだわるのか』

女性の下着について、真剣に論じている本です。
近代、「性器を隠す」という働きによってセクシャリティを増したパンティーについてが中心。
私はブラもパンツも機能と衛生面にしか興味がなく、花柄もレースも邪魔で面倒だと考えているのですが、それだけに下着にまつわる社会的概念やファンタジーについて、面白く読みました。

第2章「下着と性器管理」に書かれている通り、女性はある一定の年齢になると(基本的には初潮が始まったら)下着の洗濯を母親任せにせず自分で手洗いするようになります。
一般的・・・・なのかはわかりませんが、とりあえず我が家はそういうしつけでした。
そして今でも、洗濯機がどれだけ大量のの衣服を一度に洗えようとも、自分の下着は自分で手洗いします。
女性の性に対する汚れ、穢れといった感覚もあるのでしょうが、「自分で洗うこと」はつまり「性を自己管理する」意識に繋がっている一面も大きいと思います。
一方の男性ですが、下着の洗濯については幼いころは母に、結婚したら妻に任せるのが一般的でしょう。しかし、「パンツを自分で買う」こと、母親に与えられるグンゼブリーフ(笑)から自分でトランクスを買うようになるときが「性の自己管理」の変換点になるようです。

なるほど、ある程度の年齢にもかかわらず母親に下着を買ってもらう男に感じていたキモチワるさって、「母親に性を管理されている」気持ち悪さなのね、と納得したのでありました。

ついでに考えるならば、彼氏や夫に女性が下着を買い与えるのも「下半身の管理」のようでちょっと違和感あるのですね。逆は絶対イヤですもの。男性から下着はもらいたくない・・・。
(「別に気にしないよ」という男性もいるでしょうが、「管理されても気にしないよ」と言っているってこと・・・? )

下着もファッションの一部として、あれがかわいい、これが良いと選べるようには、わたしはまだまだ考えられないようです。

ま、なんにせよいまどき「パンティー」って言いませんね・・・。
また、あらゆるところに下着の写真が掲載されていてセクシィーな本なので、通勤電車で読むには向かない本だと言うことは言い切れます。