書評:桐野夏生『魂萌え!』

桐野夏生の作品は、世相と流行をとてもいいタイミングで取り上げ、闇と問題点をきちんと提示した上で、ぐいぐいと読ませるところが素晴らしいな、といつも思う。
現代日本のダークな歴史書になるんじゃないかとすら思う。「現実」を書き記すことだけが「真実」を表すわけではないものね。

作品数が多いのと、毒も多分に含まれていて続けて読むにはつらいので、代表作程度しか読んでいないけれど、読み出すとその物語にずぶずぶ浸かって一気に読んでしまう。
「魂萌え!」も、休みの日に手にとって、1日で読みきってしまった。
「OUT」や「グロテスク」に比べて明るいトーンで話が進んでいくことも理由のひとつかもしれない。

明るいといっても主人公の抱える問題はなかなかリアル。
定年を迎えて数年がたったばかりの夫を亡くした、主人公の敏子は59歳である。
ほんわかした、ひとのいい「世間知らずのかわいい奥様」タイプで、苦労らしい苦労はせずに暮らしてきたようだ。

ところが、予期せぬ夫の突然死によって、さまざまな問題が発覚し、敏子の人生を波立たせ、動き出してしまうのである。
隠されていた夫の愛人や、遺産相続の問題など、どこにでも転がっていそうだが、リアリティをもって迫ってくる「目を背けていた真実」。
おとなしく真面目だと思っていた夫を信じられないのはもちろん、子供も友人さえも頼りになんてできないのだ、と敏子は気づいていく。

「世間知らずの奥様」なんて、私にとって苦手なタイプのはずなのに、敏子のおっとりして品がよく、でも芯のありそうな性格がみえて、楽しく読める。

そう、敏子サンは決して人生をあきらめたり捨てたりしないのだ。
ふらりと関口によろけてみたり、友人にすぐには反論できなくて悔しい思いをしたりするが、じっくりと考えて結論を出すひとだ。

本当は、「すべてをなにかに依存しきっていた」今までの生活こそがが、危うい基盤にたっていたものであり、「孤独」を知り「自己」をもってあらゆるできごとに対峙していけば、頼れる人間関係は後から付いてくるのだと彼女は知る。

ふつふつと、魂は萌え、鮮やかな色彩を帯びていく。
中年だろうと老人であろうと、いつだってひとの心は再生し新たな道をゆくことができる。

――ああ、これはビルドゥングス・ロマンなんだなあと、思った。
そして、少し、あのころの母を、おもった。

最中はワクワクと読め、読後爽やか。
主人公を囲む登場人物も個性豊かでユーモアがあり、桐野小説のダークさが苦手な方も楽しく読めると思います。