書評:北森鴻『花の下にて春死なむ』

Twitterでフォロワーさん(と言っても前職の同僚なので10年来の知人であるが)から,「北森鴻さんの香菜里屋シリーズを読んで,ついでに料理も再現してほしい」とのご提案がありました。知らない作家だったのですが,今年にまだ若くして亡くなった方とのことです。

北森鴻 - Wikipedia

ということで,香菜里屋シリーズ第1作『花の下にて春死なむ (講談社文庫)』を読んでみました。

三軒茶屋にあり,アルコール度数の異なる4種のビールと,ビアバーにしておくにはもったいない料理を出すビアバー・香菜里屋。日々店に持ち込まれる事件を解決するのは,ヨークシャーテリアに似た店主・工藤。

基本的には工藤がカウンターの中で想像を働かせて解決する(実際の結論は不明な場合もある)安楽椅子探偵ものと言えるでしょう。いや,探偵だけでなく街のトラブルシューターや懺悔相手という面もあり,人情ものでもあります。むしろ後者の色合いが強い。それはビールを飲む工藤の姿勢にも表れています。

工藤がビールを口にするということは,じっくりと話を聞くというサインでもある.そうして,店の客が抱えたいくつかのトラブルを解決するのだと,人伝てに聞いたことがある.(P.113)

この連作短編で扱われる謎は,死亡した詩人の生い立ち,駅の無料本棚に置かれた時代小説の意味,殺人事件と都市伝説「赤い手の魔人」の秘密などなど…人間関係が割と唐突に描かれたりとご都合主義の面はなきにしもあらず。衝撃の結末や精緻なトリックといった要素を求める方には合わないかもしれません。

一方,娯楽小説としての魅力はいっぱい。なんといってもビアバー・香菜里屋の店内の雰囲気がいい!

工藤が,カウンターのなかで腕を組み,首を小さく傾げた.話して良いものか否か,考え込んでいるその仕草が,赤いエプロンに刺繍されたヨークシャーテリアに実によく似ている.わずかな時間,店の動きがすべて止まって感じられたのは,世間から焼き杉造りのドアを一歩隔てたこの場所が,工藤を中心にして回る世界であるからに他ならない.客も時間も,である.ただしこの盟主は,そうした権利を持っていることと決してひけらかそうとはしない.あるいは意識すらしていないのかもしれない.人はただ,翻弄されていることも知らず,ここで気持ちの良い時間を過ごすのみである.(P.79)
いつだったか,工藤がビールの飲み方について,グラスに注がれたら最後,寸暇を惜しんでグラスを空にする努力が必要であるといっていた.(P.153)

行ってみたくなるし,料理が美味しいそう。ジャーマンポテトのグラタン仕立て,帆立貝のコキールというより小鍋だて,冬瓜のコンソメ,鯖棒寿司の蒸し寿司アレンジ…夜中に読むとお腹が減ります。

気合を入れて読む本格ミステリーというより,夜にビールを飲みながら仕事に疲れた頭をほぐすために読む小説だと思います。それくらい心にもお腹にも優しい。シリーズは全4作出ているので続きを読もう。そして料理を再現しよう。