書評:小川高義『翻訳の秘密―翻訳小説を「書く」ために』

ジュンパ・ラヒリ、フイッツジェラルド、アーヴィング、そして光文社古典新訳文庫でも
各種小説を手がけている翻訳家、小川高義の随筆集である。

本書の前半部では、いくつかの小説の一文から例題を挙げ、読み解きのコツ、訳し方のコ
ツを教えてくれる。
作者は「翻訳」とは「translate」すること、と言う。言葉に限らず、何かの性質や形状を
「変容」させる意識をもつものである、と。たとえば作業としては、まず原文を脳内で映
像に変容し、それから日本語へと変容するのだ。
小川高義の「ことば」にかける思いと原著に捧げる愛情になによりも共感できる。また、
彼の文章そのものが美しい。
単語や文法に則った言葉の置き換えではなく、前後の文章や物語の背景から想像し、どう
いった日本語で表現することが原著のイメージや内包されるパワーを残し、かつリズムの
良い文になるのか、が丁寧に書かれている。
中盤より以降は作者の仕事の裏話、といった内容になる。
ジュンパ・ラヒリの小説を「翻訳文学」と評しているのも興味深い。
ラヒリは親世代がアメリカに移住してきた、インド系二世である。生まれ育った国にアイ
デンティティをゆだねることもできず、かといってインドの文化にもなじむことができ
ない、そういった「異邦人のよるべなさ」が全般に、特に第一作目の「停電の夜に(原
題“interpreter of Meladies”)」には感じられる。
繊細かつ精密な描写と少し硬質な美しい文章が特徴的で好きだ。よるべなさも悩まし
いものではあるが、そこから進もうとする力強さもラヒリの作品からは感じられる。
私が感じる「よるべなさ」を、小川氏は「わからなさ」と言っている。個人、もしくは文
化による「わからなさ」を「わかる」ように解釈しようとする試みが小説内で展開されて
いるのだと。
だから、短編集の総合タイトルに「interpreter」をつける。“interpreter”しようと
さまざま試みるのがラヒリの小説であり、だからこれは「翻訳小説」なのだ。
英語そのものにはそんなに興味がないにもかかわらず、私が「翻訳」という作業に心惹か
れるのは、「わかる」ように解釈しようとさまざま試みる、その行為に憧れているのかも
しれない。
ことばのはしばしにまでこだわって、少しの違いを見つけだす。「ことば」を大事
に扱い、けれども「ことば」をこねくりまわして、やっと何かを伝えようとする。
その行為が、なんだかとても美しく見えるのだ。