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書評:F.スコット フィッツジェラルド『グレート・ギャッツビー』(光文社古典新訳文庫)

[tremens]書評:F.スコット フィッツジェラルド『グレート・ギャッツビー』(光文社古典新訳文庫)

書いた人:tremens

ギャツビーを読むのは3度目。野崎孝訳のものと、村上春樹訳のものは読み比べたことがある。そして今回、愛する「光文社古典新訳文庫」にて、小川高義訳のものが出版された。

グレート・ギャッツビー (光文社古典新訳文庫)
グレート・ギャッツビー (光文社古典新訳文庫)

ジュンパ・ラヒリの世界観を表現した小川高義が、フィッツジェラルドを、しかもギャツビーをどう描くのか?正直、村上春樹ファンとしてはハルキ版でギャツビーは(ほぼ)完成ではないか、とも思ってしまっているので、その先入観は崩れるだろうかといった点も興味深い。


まず気づくのは「あれ」がないこと。ギャツビーの口癖である「オールド・スポート」が、小川訳ではすっぱりカットされている。「親友」と訳されたり、ハルキ版ではそのまま「オールド・スポート」だったりしたが、ギャツビーの「とってつけたような馬鹿丁寧な語り口調」はそれがなくてもわかるのでよいのかもしれない。(物足りない感じはない。)

他にも、村上節うなりまくりのハルキ版に比べると、装飾を削ぎ落としたクールですっきりとした印象を全体から受けた。 ハルキ版はどうしても「僕」(=ニック)の物語になってしまっている。僕の孤独、僕の喪失、を丁寧に描いているなと感じたが、そのぶん他の登場人物の存在が薄れがちである。小川版では俯瞰的な目で物語を見ることができるため、読者としては物語世界全体を読めているように感じる。

「グレート・ギャツビー」という物語は、私にとって共感できる登場人物がひとりもいない、という稀有な小説である。 ギャツビーは若き日の恋を大事にしすぎて女性を幻想化し、現実を見ることができない“無駄にロマンチストな成金”だし、その恋の相手デイジーは“ショートケーキみたいにふわふわした甘いばっかりのバカ女”、デイジーの夫トムは“頭のてっぺんから体の先まで筋肉だけでできているようなただのマッチョ”だ。しかも、語り手のニックはいちばんどうしようもない。“何もできないくせに口だけ達者でひとり繊細ぶる嫌味なインテリ”なのだから。(有吉風毒舌あだ名?)
しかし、登場人物に共感しようという無駄な努力を取り去ってクールな気持ちで読むと、「グレート・ギャツビー」には不思議な麻薬性がある。文章表現が繊細なのに華やかで美しいのだ。

特に、どの訳文で読んでも、ニックがトムとデイジーの家を訪問する冒頭のシーンが好きだ。

天井の高い玄関ホールを抜けて、明るいバラ色の部屋へ通された。前後にフランス窓があるおかげで、この空間もまた邸内に組み込まれているのだとわかる。半開の窓が白い反射光を放って、その向こうの夏草が家の中まで押してきそうな勢いだ。吹き抜ける風があるので、カーテンが一方で窓の中へ、一方で窓の外へ、白い旗になって流れたと思うと、砂糖で仕上げたウェディングケーキのような天井に向けて巻き上がる。風は海を渡るかのように、ワイン色の絨毯に波立つ影を落とした。(p.19)

これがデイジーの登場シーンだから、私の頭の中に「デイジー=ケーキ」図式ができあがっているのだろう。
爽やかな初夏の風、ソファに座る美しくしなやかな女。誰もが心ときめくデイジーのささやき声、耳元で波のように揺れ、熱気のようにゆらめき夢を見させてくれる・・・。
何度も繰り返される「デイジーの声」の描写。初読時はなぜこんなバカ女にみなが入れあげているんだ、と正直不思議だったのだが(笑)、だんだんデイジーの無邪気で無垢な魅力がわかってきた。それが、結局は彼女自身を不幸にするのだけれど。

上質な小説は、読み返しや訳者違いでの読み比べに耐えうるものなのだ。

このエントリーをはてなブックマークに追加 2010年06月12日 16:41 | URL | トラックバック (0) | 海外小説
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